【はちみつ文庫】 猫と執事とご主人様っ! 【ひつじさん怒って、にゃんこが逃走!?】
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はちみつ文庫

□ 猫と執事とご主人様っ! □

猫と執事とご主人様っ! 【ひつじさん怒って、にゃんこが逃走!?】

ぴくん。ぴくんっ。
テーブルに置かれた不思議な物体を前に、少年の猫耳が動いている。
執事が持ってきたおやつは、ベージュ色の岩のような形をしていた。
彼の握り拳より大きい塊の上には、白い粉が雪のようにかかり、甘い香りを漂わせている。
少年は目を丸め、顔を近づけてその匂いを嗅いだ。
白い粉がついた鼻先を手の甲で拭うと、ぺろりと舐め、彼は声を上げた。

「おさとうなのー!」
「行儀良く、お召し上がりください」

美貌の執事にたしなめられ、少年は背筋を伸ばすとフォークで塊を突き刺した。

「これ、なぁに?」
「シュー・アラ・クレームでございます」
「しゅーあれくれーる?」

聞いたこともない名前に首を傾げたが、執事はそれ以上答えてくれそうにない。
大きく口を開けかぶりつくと、パリッとした薄い皮の中から、クリームが溢れだした。
なめらかなクリームは、バニラとリキュールの香りがほのかに漂い、蕩けるような旨さだ。
ほっぺたが落ちるとはこのことで、少年はあっという間に2個のシュー・アラ・クレームをたいらげた。
頬に食べこぼしをつけたまま、物欲しげな顔で執事を見つめ、彼は言った。

「しゅーあれくれーる、もっとたべるの-!」
「食べ過ぎはいけません。それでなくとも、朝食にソーセージ6本とパンケーキ5枚、それに目玉焼き2個。十時のおやつにはバナナパウンドケーキ4切れ。昼食には特大オムライスとガトー・ショコラを4分の1ホール召しあがってらっしゃるでしょう?」
「もっとたべるの!」
「いけません。お腹を壊します」
「いやー! たべるのー!」

少年は頬を膨らませ、だだをこねている。
執事は苛立ち半分、呆れ半分にその片眉を上げていたが、やがて諦めたように大きなため息をつくと、口を開いた。

「……わかりました。では、もう一つだけお出しいたしましょう。その代わり良い子にできますか?」

少年にまとわりつかれ、日々の仕事に遅れが出た執事は、おやつを条件に彼を懐柔することにしたようだ。

「うん。ぼくいいこなのー!」
「……私やメイド達に、遊べ、遊べと言わないように。いいですか?」
「うん、いわないの-!」
「ご主人様のお帰りを、しつこく聞いてもいけません」
「……わかったの」
「とにかく我々の仕事の邪魔をしないでください。約束できますか?」
「やくそくするの!」
「約束をやぶったら、夕飯は抜きですよ。いいですね?」
「ゆうごはん……ぬき?」

少年は一瞬戸惑ったが、こくりと頷くと、鼻息荒く答えた。

「うん。ぼくいいこなの。おじゃまはしない、おやくそくなの!」

執事は無言でその場を離れた。
しばらくして戻ってきた彼の手には、シュー・アラ・クレームを盛ったマイセンのカボディモンテの菓子皿が握られていた。





少年は、遠くから微かに聞こえる掃除機の音で目が覚めた。
見上げると、リビングの窓からは日が差し込み、シャンデリアに反射した光が、天井に模様を描いている。
三個のシュー・アラ・クレームで満腹になった彼は、どうやらソファーでうたた寝をしていたらしい。
掛けられたブランケットの中で、彼は姿勢を変えると、四つん這いなり、大きく身体を伸ばした。
掃除機の音は極小さな物だったが、大きな三角の耳は高性能レーダーのように微細な音も聞き取ってしまう。

音は部屋の外から聞こえていた。
靴はソファーの足下にあったが、彼はそれも履かずに廊下へ出る。
この階の廊下は幅広く、フロアーの中央に真っ直ぐ通っていた。
幅広く長い廊下の所々には、彫り込み式の棚が儲けられており、見な調度品が飾られていた。
センス良く設計された照明がそれらを照らし出し、まるで美術館のような趣があった。

少年が廊下に出てすぐに、聞こえていた掃除機の音が消え、奧の部屋からメイドが二人出て来た。
この屋敷で、ルシガと執事以外とは会ったことのない少年は、慌てて部屋に戻り、ソファーの上でブランケットを被った。
なぜだかわからないが、少年は隠れたほうが良いと思ったのだ。
ブランケットから手を伸ばし靴を掴むと、彼は身体を縮こませながらそれを履きはじめた。
それと同時に、静かな足音が近づき、リビングに入ってくると、メイドの一人が少年に話しかけてきた。

「あの……お掃除をさせて頂いてよろしいですか?」
「……はいなの」

少年のか細い返事を聞き、メイド達は掃除を始めた。
一人がはたきをかけ、もう一人がクロスで拭き上げていくのを、少年は靴を履きながら、ブランケットの中からじっと見ていた。
猫が動く物が好きなように、彼も動いている物を見るとつい我を忘れて見入ってしまうようだ。
小気味よいほどリズミカルに動くはたきを見ながら、彼はそれが何かに似ていることに気づいた。

――う~んと。なになのかな? ……あっ! そうだ! しっぽ! ぼくの、しっぽにそくりなのー!

はたきは薄いブルーだったが、たしかにふっさりとしたところが、彼の白いしっぽに良く似ていた。
子供はひとつのことが気になると、他のことを忘れてしまう。
少年は考えも無しに立ち上がると、メイド達に話しかけた。

「ぼくも、おてつだいするのー!」

ズボンから出た尾を揺らしながら駆け寄る少年を見て、メイド達は悲鳴を上げた。
執事から、特殊な容姿の来客のことは聞いてはいたが、まさか猫耳と尾を持つ少年だとは思いもしなかったのだろう。
そのあまりの大きな声に、少年は固まって動けなくなってしまった。
女達は驚きのあまり腰を抜かし、その場に座り込むと、震えながら抱き合った。

「なにごとですか?」

慌ててやって来た執事に、一人のメイドが叫んだ。

「助けて-! し……しっぽが……」
「……この子のことなら、説明したでしょう」
「でも……耳も……」 

そう言いながら少年を見るメイド達の目には、異形の者に対する嫌悪があった。
少年は思わず耳を倒し、その上に手を乗せて隠した。
両足を閉じ、相手から尾を見えない位置に動かしたが、そんなことでメイド達の眼差しが変わるはずがない。
彼は、心臓を掴まれるような悲しさを覚えた。
そしてこの悲しさを、今まで何度も感じたことを思い出した。
いつ、どこで、誰がこの眼差しを向けたのかは思い出せないが、存在を否定されるやるせなさだけは、はっきりと彼に刻まれていたのだ。

「この家で働きたいのなら、慣れなさい」

銀色の髪を持つ美しい執事は、腕を前で組んだままメイド達に言った。

「……でも……」
「でも? でも、何です?」
「このようなお客様がいらしては……私たち……」
「では、やめますか?」
「いえ……その……」
「ご主人様が迎えられたお客様ですよ?」
「……」
「ここ以上の給金を払ってくれる家を、あなたたちは見つけることが出来ますか? 今の生活を失いたくないのなら、慣れなさい。そしてこのことは内密に……いいですね?」

有無を言わぬ執事の眼差しに、メイド達は頷いた。

「とにかく、掃除を続けなさい。」

執事がそう言い残し部屋を出ると、メイド達はひそひそと話を始める。

「化け物よ」
「どうしてご主人様はこんな子を?」
「ねぇ、歯を見た? 牙もあったわよ」
「いやだ、怖い。食べられたらどうしよう」

――ぼく。ばけものじゃないもの。たべたり、しないもの。

少年の目から、涙がこぼれた。
溢れる滴を、彼は止めることが出来なかった。
しかし、それに気づいても、メイド達は話しをやめようとしない。

「こんな子、追い出しちゃえばいいのに」
「ご主人様の気まぐれでしょう。きっと、すぐにどこかが引き取りに来るわ」
「そうね、化け物だし」
「そう、化け物だし」

少年はいたたまれずに、その部屋から走り出た。
履きかけの靴の紐が、一足ごとに緩んでいく。
それでも彼は走り続けた。
ついに解けた靴紐を踏み、彼は身体のバランスを崩してしまった。
何かに掴まろうと伸ばした手に、彫り棚に置かれた壺が触れる。
そのまま倒れ込んだ彼の手が、壺を弾き飛ばした。
床に落ちた壺は大きな音を立てて割れ、それを聞きつけた執事が駆け寄ってきた。

「あぁああああっ! つ……壺がっ!」
「ごめんなさいなの!」

少年は必死で謝ったが、執事の形相はみるみると変わり、初めて会った時のような恐ろしい顔つきになった。
真っ青な顔で眉を吊り上げ、唇を振るわせながら少年を責め立てる。

「『ごめんなさいなの』だと? それで済むと思っているのか? 国宝級の壺だぞ。デュフォール家代々に伝わる家宝なんだぞ」
「ご……ごめんなさいなの。ゆるしてなの……」
「いいや、許さない。何が『ごめんなさいなの』だ。ああ、ムカツク! お前のような悪い子は、この家には置いておけない!」 

――おいだされるの? こわいひとが、ぼくをつれにくるの?

恐怖に震える少年の腕を掴み、執事が叫ぶ。

「お前など、檻に閉じ込めてやる。動物用の狭い檻にな!」

――いやなの! おりは、いやなの!

少年は執事の手を振り払うと、廊下を駆け出した。

「誰か、その化け猫を捕まえろ!」

執事の声が廊下に響く中、少年は靴を脱ぎ捨てると、全速力で逃げた。


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Date:2013/09/23
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